精神障害者通院医療費公費負担の適正化のあり方に関する検討会報告書



1.基本的考え方


(1) 精神障害者医療費公費負担制度は、継続的な通院医療を要する精神障害者を支援し、社会復帰を推進するという点で、今日においても引き続き重要な意義を有する。
(2) しかしながら、制度の普及の一方で、制度の趣旨をこえた利用の拡示がなされている可能性が指摘されている。このため、当面の措置として、各都道府県・政令指定都市(以下「都道府県等」という。)における公費負担申請の認定審査の適正化及び公費負担医療費の請求・支払決定の適正化に取り組む必要がある。
(3) また、中期的な課題とLて、対象者のあり方、公費負担医療を行う医療機関のあり方等をさらに検討する必要がある。

2.精神障害者通院医療費公費負担制度の意義 

精神障害者通院医療費公費負担は、適切な通院精神医療の普及を図るため、昭和40年の精神衛生法の一部改正により創設された制度である。制度発足から既に40年近くを経ているが、継続的な通院医療を要する精神障害者に対する支援の仕組みとして、以下の理由から、現在においても引き続き重要な意義を有する。
@ 精神障害では、治療の必要性についての理解が十分得られなかったり、社会的活動性が低下すること等により、自ら進んで適切な受診をすることが困難な場合があること。
A
精神障害者では、疾病のために就労ができない等、経済的に困難な状態にある者があり、このような者の適切な受診を促す必要があること。
B 精神障害では、継続的に適切な医療が行われないと、症状が増悪する場合があること。
C
在宅の精神障害者が適切な通院医療を受けられる体制を整備することにより、精神障害者の社会復帰帰を促進する必要性があること。
D 根拠に基づいた適正な精神医療を普及させる必要があること。

3.制度運用の現状

(1) 利用者数
制度創設時(昭和41年)には約3万3干人であったが、平成2年には31万5千人と増加の一途をたどり、平成11年には百63万5千人となった。
(2) 通院医療公費負担医療費
 制度創設時(昭和41年)には9億円であったが、平成2年には595億円、平成6年には917億円となった。平成7年には制度改正(保険優先化)によリ434億円に低下したが、その後は増加を続け平成10年には626億円となった。
(3) 診療報酬請求の実態と今後の増加要因
平成12年度厚生科学特別研究事業「精紳保健福祉法第32条による通院医療費公費負担の増加要因に関する研究(主任研究者:竹島正)」では、公費負担の診療報酬明細書の抽出調査の結果から、次のように報告している。

通院公費分と公費分以外を分けて請求しているレセプトは1.5%のみであった。
レセプトに、「腰痛」、「湿疹」、「痔症」、「アレルギー性鼻炎」、「白癬」、「肩関節周囲炎」等の、主たる精紳障害とは関係の乏しい傷病名の含まれるレセプトは53.0%であり、その1件当たり点数は、主たる精神障害とは関係の乏しい傷病名の含まれないレセプトの1.34倍であった。
今後の増加要田としては、患者数の増加が予想される痴呆性病患、潜在患者数が多く1件当たり請求点数の高いアルコール依存症、点数(集計対象とした院外処方せんなしのレセプトの総点数)の20.3%を占める精神科デイケアがある。

(4) 都道府県等における公費負担申請の審査
 公費負担申請の適否については、地方精神保健福祉審議会の意見に基づき都道府県等が決定するとされているが、都道府県等における公費負担申請の 審査方針は、「病名が法に定める精神障害に該当していれば原則全て承認」が全都道府県等のうち35(59.3%)と過半数を占め、精神医療の必要性や病状について十分に検討していないところが多かった。
(5) 都道府県等における診療報酬明細書の審査
都道府県等における診療報酬明細書の審査実施状況は、実施が36(61.0%)、未実施が23(39.0%)であった。

4.公費負担申請に対する審査の改善

通院医療費公費負担の申請の取扱については、「精神衛生法第32条に規定する精稗障害者通院医療費公費負担の事務取扱いについて」(昭和40年9月15日付け衛発第648号厚生省公衆衛生局長通知)により定められ、公費負担の適否の基準となる精神障害の状態像については同通知別記第1「精神障害者通院医療診査指針」により定められているところである。しかし、3(4)のとおり、都道府県等の審査方針にはばらつきがあり、精神医療の必要性や病状について必ずしも十分に検討されていない。
 このため、本制度の対象者についての考え方を通知に明記するとともに、審査に資するよう、「精神障害者通院医療診査指針」の見直し及び診断書の様式の改正を行う必要がある。

(1) 本制度の対象者の明記
 公費負担の対象となる精神障害者を次のように規定するのが適当である。
 精神障害者通院医療費公費負担の対象となる精神障害者は、法第5条に定める精神分裂病、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その地の精神疾患を有する者で、通院による精神医療を継続的に要する程度の病状にあるものとする。
(2) 精神障害者通院医療診査指針の見直し
精神医学・精神医療の進歩を踏まえ、審査の参考となるよう、精神障害者 通院医療診査指針の見直しを行う必要がある。
(3) 診断書の様式の見直し
通院による精神医療を継続的に要する程度の病状にあるか否かの判定に資するよう、診断書の項目の見直しを行う必要がある。

5.公費負担の対象となる医療の範囲

 対象となる医療の範囲については、上記通知第3に「精神障害及び精神障害に付随する軽易な傷病に対して病院または診療所に入院しないで行われる医療」と規定され、通院している医療機関の担当医により対応可能なものを幅広く対象としてきたところである。
  しかし、通院による精神医療を継続的に確保するという本制度の趣旨や、医療保険制度が充実・普及Lた現状からみれば、精神障害と関係の乏しい傷病までも公費負担の対象とすることは適当ではない。
  このため、通知を改正するとともに、都道府県等においては診療報酬明細書の審査を適切に行う必要がある。

(1) 医療の範囲の明記
 医療の範囲について、次のような表現とするのが適当である。
 公費負担の行われる医療の範囲は、精神障害及び当該精神障害に起因して生じた病態で、病院又は診療所に入院しないで行われる医療とする。
 ここで、当該精神障害に起因して生じた病態とは、当該精神障害の治療に関連して生じた病態や、当該精神障害の症状に起因して生じた病態とし、患者票に記載された医療機関において精神医療を担当する医師(てんかんについては、てんかんの医療を担当する医師)によって、通院による医療を行うことができる範囲の病態とする。
 ただし、複数の診療科を有する医療施設にあっては、当該診療科以外において行った医療は範囲外とする。なお、結核性疾患は、結核予防法に基づいて医療が行われるので、範囲外とする。
 なお、精神障害に起因するか否かの判断は、症例ごとに医学的見地から行われるべきものではあるが、一般、感染症、新生物、アレルギー(薬剤副作用によるものを除く)、筋骨格系の疾患については、精神障害に起因するものとは考え難い。
(2) 診療報酬請求明細書の審査
診療報酬請求明細書の審査について、3(5)のとおり、体制が十分整備されている都道府県等と必ずしもそうでないところがあり、都道府県等が診査体制を整備できるよう、必要な措置を講ずる必要がある。

6.中期的な課題

精神障害者通院医療費公費負担を制度の趣旨に沿って適切に運営する観点から、中期的な課題について検討を行った。改善すべき点については、次の精神保健福祉法改正に向け、さらに検討を深める必要がある。

(1) 対象者のあり方
@ 対象となる疾病
 精神障害においては、疾病名が必ずしも重症度や医療の必要性を反映するものではない。また、対象疾病名を限定することにより、当該疾病への差別・偏見が助長されるおそれもある。このため、疾病名による対象の限定ではなく、状態像により判定を行う現在の方法を継続するのが適当である。
 なお、精神症状を示さないてんかんについては、疾病分類上精神障害としての範疇に入るかにつき疑義があるものの、継続的な治療により二次的な精神障害発現の予防効果を期待できることから、患者の保健福祉増進の立場にたって、当分の間、引き続き、本制度の対象とするのが適当である。
A 精神障害者保健福祉手帳制度との連携
精神障害者保健福祉手帳は、精神障害者の社会復帰、自立、社会参加の促進を目的として、精神障害により日常生活又は社会生活に制限を受ける者に対して交付される。精神保健福祉施策の総合的な推進という観点からは、手帳取得者を通院公費負担の対象者とするという方法をとるのが合理的といえる。
  しかし、一方で精神障害者保健福祉手幅の普及は十分に進んでいない。このため、直ちにこの方法を導入すると、公費負担の対象として相当の者が対象とならない場合が生じて好ましくない。
  精神障害者保健福祉手帳の普及を図るため、精神障害への正しい理解と偏見解消、手帳所持者に対する支援の充実が必要であり、これと合わせて両制度の連携を検討するのが適当である。
B 所得による対象者の限定
精神障害者通院医療費公費負担制度は、通院医療の継続を支援する制度であるが、公費負担という手段をとる以上、その効果は経済的理由により通院継続が困難な者についてのみ期待できることとなる。このため、一定以上の所得を有する者については、本制度の対象としないことが適当である。
  なお、所得による対象者限定の方法については、引き続き検討をする必要がある。
(2) 公費負担医療を行う医療機関のあり方
公費負担医療を行う医療機関については、制度独自の指定を行っていない。
 しかし、公費負担医療の質の担保・向上の観点から、一定の基準をもとに都道府県知事等が医療機関を指定する制度を導入すべきである。
  医療機関の指定基準としては、次のようなものが考えられる。なお、設備、標榜科目に関する基準は不要と考えられる。
@ 公費負担医療を行う医師が常勤していること。
A 公費負担医療を行う医師は、次のいずれかに該当すること。
・精神保健指定医
・精神障害に関して、相当の学識及び診療経験を有する者
・てんかんに関して、相当の学識及び診療経験を有する者
 また、このような指定基準を設ける場合、現行の精神保健指定医制度が患者の人権に配慮した精神医療を行うためのものであること蕾踏まえ、指定医研修のあり方等の見直しが必要となることに留意する必要がある。
(3) 自己負担率のあり方
精神障害者通院医療費公費負担制度においては、自己負担率が5%となるように公費負担額が決定されている。
  この自己負担率については、引き上げを行うとこの制度をもっとも必要とする、重症で濃厚な医療を要する者が大きな影響を受けることになるという意見があることも勘案しつつ、慎重に検討を継続する必要がある。

7. おわりに

 精神障害者の医療の継続は、その社会復帰を促進するに当たり、地域精神医療における重要な課題となっている。精神障害者通院医療費公費負担制度は、経済的な障壁に着目して医療の継続を確保しようとする仕組みであるが、医療の継続を困難にする要因は経済的なもの以外にも多々存在する。
  このため、今後とも、地域で生活する精神障害者の医療継続のための支援について幅広い観点から検討を行うことが必要である。