狩山 博文

臨床からみた薬物乱用の動向と病理
最近の動向
薬物依存者の心理
薬物乱用低年齢化についての理解
薬物乱用に伴う精神的変化


大久保圭策

ダメ絶対が崩れたら
最近の青少年の覚せい剤乱用の現状と課題




臨床からみた薬物乱用の動向と病理


1 最近の動向
久米田病院
狩山 博文
 
最近の動向
  今日乱用されている薬物は、薬局で市販されている鎮静剤や咳止め薬から覚せい剤、麻薬に至るまで多岐にわたる[表1]。これらの薬物の中で保健・医療上の事例として数多く登場するのは有機溶剤、覚せい剤、鎮咳剤、睡眠薬である。特に覚せい剤は、その乱用者層や入手・乱用方法などに近年大きな変化がみられ、現在のわが国における薬物乱用問題の中核を占めている。そこで、最近の覚せい剤乱用の動向について触れてみたい。

1) 覚せい剤乱用の動向 図1 1)2〉
 わが国において覚せい剤の製造、売買、使用について法的規制が加えられたのは第2次大戦直後の覚せい剤乱用禍を契機としてであった。終戦直後の混乱期に生じた覚せい剤乱用の流行(第1次乱用期)は国民各層に及んでいた。しかし、昭和26年に覚せい剤取締法が施行され、覚せい剤乱用者による児童・幼児殺害事件の連続を契機とした罰則強化(昭和29年)並びに「もはや戦後でない」と経済白書(昭和31年)で謳われたことに象徴される世情の安定化により、第1次乱用期は昭和32年にほとんど終息するに至った。
 しかし、昭和45年前後になって再び覚せい剤乱用者が増加し始めた。この時期はカラーテレビ・冷蔵庫・洗濯機などの家電の普及率が9割に達し、国民の大多数が自らの生活を「中流」と意識した時期であったが、他方、それまでの高度経済成長に翳りが見え始め、団塊世代を中心に都市部に人口が集中し、核家族化が広がり始め、中学生の不登校が増加し始めた時期でもあった3〉。このような社会の変化を背景として、暴力団を供給元とした覚せい剤乱用が広がり始めたのである。覚せい剤乱用者による凶悪事件が増加する中、昭和56年に東京深川で覚せい剤乱用者が陰惨な通り魔殺人事件を起こし、社会に大きな衝撃を与えた。これにより取り締まり・罰則の強化が行われ、その後覚せい剤事犯による検挙者数は平成6年まで徐々にではあるが減少傾向をみせた。これが第2次乱用期である。
 第2次乱用期の当初覚せい剤事犯検挙者の6割強が暴力団員であり、医療現場に立ち現れる覚せい剤精神病患者の生活背景にもそれが映し出されていた。このため治療や処遇に著しい困難を伴った事例もあった。
 その後平成7年頃より再度覚せい剤事犯の検挙者数が増加傾向を見せ始め、これが現在に至る第3次覚せい剤乱用期となっている。しかし、これは単なる乱用の再燃ではなく、乱用実態の大きな変化を伴っている.例えば、医療現場で見る覚せい剤乱用者層が劇的と言っていいほどに変わった。大阪府内で覚せい剤事例の入院治療を数多く行っているある精神科病院でのデータによると、平成4年頃より以前は覚せい剤精神疾患患者の平均年齢は40歳前後で、しかも警察の保護を介しての受診が少なくなかった。しかし、平成7年以降平均年齢は30歳と確実に低下し、10代や20代の事例が自らあるいは家族の勧めに応じて治療を求めて受診するようになった。マスコミでもこの頃より小学生、中学生、高校生などの覚せい剤乱用が時折報じられるようになった.このように思春期、青年期といった若年層への乱用の広がりが第3次乱用期の特性なのである.
 現在に至るまで覚せい剤事犯による検挙者数の増減には変動が見られるが、国内の覚せい剤押収量は著しく増えており、今後の乱用状況の成り行きには依然として目を離すことができない。
 このような状況を反映して、最近の覚せい剤事例の保健相談や治療の様相は確実に思春期青年期の精神保健・医学の色彩を帯びてきた.覚せい剤のみならずその他の薬物の事例に関しても、その対応に際しては第2次から第3次乱用期へのこのような変化をまず理解しておかなければならない。

2)第3次覚せい剤乱用期の特徴 [表2]
 昨今の第3次覚せい剤乱用期の特徴を表2にまとめた。乱用者の低年齢化および非・暴力団化(あるいは一般化)についてはすでに述べたとおりである.第2次と異なる第3次乱用期のもう一つの特徴は覚せい剤の違法性・有害性が見えにくくなってきた点であり、覚せい剤の覆面化(マスキング)とでも呼ぶことができる現象である。すなわち、呼び名、売買方法、使用方法に関して覚せい剤の怖さが隠されてきているのである。
 まず第1に、「スピード」、「エス」という覚せい剤の呼び名は、覚せい剤と知らずにそれを乱用し始める危険性をはらんでおり、実際にそのような事例も認められている。また、「スピード」や「エス」は覚せい剤と異なる薬物だと誤解したまま乱用を続ける事例もある。
 第2に、売買状況の変化が挙げられる。まず密売人が変わった。第2次乱用期においてはやはり暴力団あるいはその近縁の人物・場所との接触がなければ覚せい剤の入手は困難であった。しかし、最近は地元の中学・高校時代の先輩や友人・知人といった中に密売人がおり、暴力団員と接触することなく身近なところで覚せい剤が入手できるようになった。また、携帯電話を介した売買、外国人からの入手など、入手方法は多様化してきている。これが覚せい剤がもつ違法性や怖さのイメージを薄めることになる。
 売買状況のもう一つの変化は低価格化である。第2次乱用期と比べて確実に値段が下がっている。純度の問題もあるが、昨今は覚せい剤1gが約2万円前後で入手できる。つまり、少しアルバイトをすれば高校生でも十分に買うことができる値段なのである。この低価格化は覚せい剤の密輸量が少なからぬものであることを物語っている。
 覚せい剤のマスキングのもう一つの変化はその使い方に見られる。従来の使用方法は専ら静注法であった。この場合、覚せい剤と共に注射器も手に入れなければならず、静脈注射の反復によって注射痕ができ、それによって覚せい剤の乱用を他者に疑われる可能性があること、及び不潔な注射器の使用や乱用仲間での注射器の共用により感染症にかかる危険性があるなどの「欠点」があった。実際、覚せい剤の静注によるC型肝炎の感染事例が数多く認められている。しかし、最近の若者による覚せい剤乱用の多くは注射器を使わない方法へと変化した。それは通称「アブリ」と呼ばれる方法で、その最も簡便なものは台所用に使われるアルミ箔の小片の上に覚せい剤を載せ、下からライターの火であぶり、立ち上る覚せい剤の蒸気を吸入するというものである。専用のガラス器具を用いる場合もある。この方法によると静注法の「欠点」は解決され、また、静注法と比べて覚せい剤の効果が多少ともマイルドになるため、覚せい剤と「上手く」つきあうことができるという誤解が乱用者の中に生まれることがある。実際、「注射は危ないけれど、アブリなら大丈夫・・・」と話す乱用者もいる。
 覚せい剤の危険性・有害性についていくらかの認識を持っていたとしても、この「アブリ」という方法によってそれが薄められ、乱用の慢性化・蔓延化を招いているのである。因みに、覚せい剤の水溶液を針なし注射器で肛門から直腸に注入するという方法を用いていた女性の事例もあった。乱用実態の多様性には全く驚かされる場合がある。
 このような、本来の姿を隠しながら密かに個人や社会に害を及ぼしていくという覚せい剤のあり方に対し、一撃をもってその問題を打破し得るような方策はあるはずもない。覚せい剤を中核とする薬物問題から目を背けず、個々の事例に対する検討と理解を深めていく姿勢がまず最初に求められるのである。

3) その他の薬物乱用の動向
 保健・医療上の事例として覚せい剤の他にしばしば登場する薬物を以下に挙げる。

3)−@ 吸入剤
 まず有機溶剤が挙げられる。物質としてはトルエン、キシレン、メタノール、酢酸エチルなどが挙げられるが、それらが種々に混合された製品としてシンナー、ボンド、ペンキ、マジックインクなどがあり、主にこれらが乱用される。最も乱用者に好まれる成分はトルエンであるらしく、トルエン自体が「純トロ」と称して売買され乱用される場合もある。時にトルエンを「吸う」のではなく、「飲む」事例さえみられる。これらの物質は乱用者に酩酊と幻覚体験などをもたらす。
 最近はライター用あるいはコンロ用の燃料ガスを吸引する事例もあるが、その乱用効果や有害性は有機溶剤とほぼ同じである。

3)−A 睡眠薬・精神安定剤・抗うつ薬
 これらは基本的には医療機関から処方される薬剤である。睡眠薬の中で最もよく乱用されているのはトリアゾラム(商品名ハルシオン、通称「青玉」、「アップジョン(かっての製薬会社名)」)である。これは睡眠薬の中でも超短時間型という部類に属し、その速効性の強さが乱用者に好まれている。ただ、速効性の強い睡眠薬は一般に、その薬が服用されないと却って強い不眠を来す場合があり(反挑性不眠)、これが連用〜乱用の一因となることがある。その他にしばしば乱用される睡眠薬としてはベゲタミンA錠(通称「赤玉」)、フルニトラゼバム(商品名ロヒプノール、サイレース 通称「ロッシュ(製薬会社名)」)、ニメダゼパム(商品名エリミン)などもある。これらはいずれも医師の処方を要するものであるが、乱用者は複数の医療機関を渡り歩きながら乱用量を確保しようとする。あるいは違法な売買で入手される場合もある。これらの睡眠薬が乱用される理由は単にその睡眠効果にあるのではなく、むしろ服用後数時間にわたって体験される酩酊感や高揚感にあり、その感覚は乱用者たちの間で「飛ぶ」と称される。このため気晴らし・憂さ晴らしの目的で安易に乱用される傾向がある。
 他方、これら医療機関で処方される睡眠薬ばかりでなく、ブロムワレリル尿素という薬剤を主成分とする市販睡眠薬(ウット、市価約1000円)の乱用事例も少なくない。一般の薬局で普通に購入でき、1箱12錠を一度に服用することで酩酊を味わうことができる手軽さがある。
 最近、医療機関で処方される向精神薬の中でその乱用が徐々に広がりつつあるのは抗うつ薬に属するメチルフェニデート(リタリン)である。この薬剤は中枢神経刺激作用を有し、それが抗うつ効果として利用されるのであるが、その化学構造式は覚せい剤と酷似しており、米国精神医学会の「精神障害の分類診断の手引き・第4版」(DSM−W)でも覚せい剤分類に含められている。臨床適用は小児の精神疾患である注意欠陥多動障害が主であるが、うつ病に対しても投与される。近年、その中枢神経刺激効果を求めてリタリンを乱用する若者が見られるようになった。その錠剤を粉状に砕き、それを鼻孔から吸引するといった、あたかも米国で広く乱用されているコカインのような使われ方もある。その効果は覚せい剤と比べて軽いものであるが、大量の乱用によって覚せい剤の場合と同じような幻覚妄想状態を呈する場合があり、精神科入院を要する事例もある。どこの医療機関でその処方を受けやすいか、診察場面でどのような訴え方をすればその処方を受けることができるかなどについての情報も行き交っている。睡眠薬と同様、このような「医原性」とも言える薬物乱用については供給側に立つ医師の注意・認識も必要である。

3)−B 市販鎮咳剤
 「せき、たんに効く・・・」と称して薬局で種々の鎮咳剤が売られている。プロン、トニンがその代表格で、とりわけブロンが多く乱用されており、「ブロン中毒」という呼び名さえある程である。これらの薬剤には液剤、錠剤、顆粒剤などの剤形があり(市価約1000円前後)、製品や剤形によって含有成分にわずかの違いがあるが、おおよそにおいてリン酸ジヒドロコデインと塩酸メチルエフェドリンを主成分としている(ブロンの液剤と顆粒剤には塩酸メチルエフェドリンは含まれていない)。両者共に鎮咳作用を有しているが、まず、ジヒドロコデインは薬効は穏やかであるものの薬理学上は麻薬に分類されるものである。また、メチルエフェドリンは、穏やかではあるが気管支喘息治療薬エフェドリン様の効果を持つ。エフェドリンは薬理学的に覚せい剤と近縁であることから、メチルエフェドリンは覚せい剤系薬物と言えなくもない。実際、これら鎮咳剤の薬物体験には「ボウーっとしていい気持ちになる」という麻薬様の恍惚感と「目が冴えて、好きなことに長時間集中できる」という覚せい剤様の覚醒感が含まれる。乱用者の体質によってどちらかの感覚がより強く体験されるようである。
 これらの鎮咳剤が乱用されている事情を知って、1人当たり1本しか販売しないという薬局もあるようだが、乱用者は複数の薬局を巡って乱用量を確保しようとする。合法的であるがゆえに乱用が長期にわたり、シンナーや覚せい剤の場合ほど粗暴行為に至ることが少ないため、乱用に伴う怠業や借金などが生活上差し迫った問題にならない限り家族の庇護を受け続け、保健・医療上の事例としてなかなか浮かび上がってこない傾向がある。裏返して言えば、事例化した時には、格別の反社会的な問題は含まないものの、依存という病態がかなり進んでいる場合が多いとも言える。